ホワイトピーコックオブファントム〜whitepeacock of phantom〜
著者:shauna


ミーティアは国立図書館に居た。
世界各地から文書が集まり、すべてを見るのには数百年あっても足りず、探せばどんな資料でも出てくる国家の図書館。
そこにこんな夜半に入ることができたのは単に、王族の権威の為だろう。
「えっと・・・B-24-188とG-11-1135・・・。Bの棚は・・・ここか・・・24は・・・」
ひたすらに夜の図書館を歩き回り、やっと見つけた2冊の本。
『エーフェ皇国貴族家系図』と『蒼穹戦争』
蝋燭の火を燭台に移し替え、ミーティアは誰もいない図書館で一人調べ物を始めた。
まず、『エーフェ皇国貴族家系図』。
先頭は当然皇族達だ。続いて貴族たち。古い本だけあって古代ラズライト文字順に整理されたその中には今では聖蒼貴族と呼ばれる面々が名を連ね居ていた。
まず、目に飛び込んで来たのはフィンハオラン家だった。流石世界最古の貴族。
初代フォロン=ド=フィンハオランに始まり、誰と結婚して何人の子を成したかまで正確に記載されている。そして第27代当主の所にアリエス=ド=フィンハオランの名を見つけ、やっと親近感がわいてきた。しかし、どこか、引っ掛かるモノがある気がするのは果たして気のせいだろうか?
そして、フェルトマリア家へと目線を移す。
初代はオルレアン=サルヴィアティ=フェルトマリア。その後、シネヴィラ、リオネット、クラリーチェと名が続いていき、そして、最後に居たのはそう、カトレア=キャビレット=フェルトマリア・・。
「え?」
見間違いかと思った為、確認し直してみる。しかし、何度確認しても最後に記載されているのはヴィンセント=フェルディナンド=フェルトマリアと妻マリアの元に生まれたカトレアだ・・・。しかも・・・
「この子・・・5歳で死んでる。」
そこには父享年31歳。母享年28歳の文字と共に、享年5歳の文字が記載されていた。
ではあのシルフィリアは?
幽霊?
という想像をして途端に背筋が凍り付く。これ以上見ていると気分が悪くなりそうなので次の本に目を移すことにした。
「『蒼穹戦争』」
それには聞き覚えがあった。かつてエーフェがエルフの国と戦ってエーフェ滅亡の引き金となった戦争だ。
ミーティアはパラパラとめくって見ていく。この話はお姉ちゃんから昔、寝物語できいたこともあるし、家庭教師(カヴァネス)からも講義を受けたことがある。確か国王が二代目になったことにより、国として腐りきったエーフェをエルフとエーフェの貴族が共闘して倒すという話だったと思う。
でも・・・・大抵、戦記なんてのは後から事情も知らない者が自国を持て囃すために書くものだ。しかし、ミーティアの読んでいるそれは戦争の真実が書かれた公文書である。そこにはありのままの戦争が記載されていた。
「戦争の発起人であるドラウエルフ達はまず、政治を顧みない二代目国皇の代わりに政治を行っていたフェルトマリア家を襲撃し、当主とその妻を殺害し、屋敷を焼き払い、一名の少女を捕虜とした。その少女はしばらくの間、エーフェとの取引に使われたがエーフェは取引を拒否。それにより、利用価値の無くなったこの少女を奴隷とし、ドラウエルフの儀式(ミサ)の生贄にした。一ヶ月後、感情が無くなり、生贄として使えなくなった為、この少女を破棄する。」
愕然としてしまった。そう、カトレアはエルフにつかまり、エーフェから見捨てられたのだ。おまけに黒ミサの生贄となり、殺されている。
そして、次のページからはまた別の話が始まっていた。
「グロリアーナの活躍で戦況はエルフにとって不利な物となっていたが、ドラウエルフの支配者“ヴェルンド”が開発した生体兵器を投入したことにより、戦況は一変。一気にエルフ有利となる。その生態兵器の最大の特徴は戦闘を重ねるごとにエルフの数十倍の速さで魔力、魔法力、知力、経験を得ることで、これを以って戦争を終結。この生体兵器は破棄される予定だったが、失敗。よってこれを凍結睡眠(コールドスリープ)させる。」
さらに、続きは第二次蒼穹戦争。この戦争にもその生体兵器とやらが投入されている。そして、「戦争終結と同時にこれを破棄、殺害し、妖かしの森に埋める。」とある。
まてよ・・・
ミーティアの勘が冴え渡った。
「カトレアが死んだ時期と生体兵器が投入された時期は僅か一年しか変わらない。」
まさか・・・・
本が破けてしまうのではないかという程、ミーティアは荒々しくページをめくり、生体兵器の特徴を探す。そして、
「生体兵器は白い髪を肩まで伸ばしている。スパイ活動等をさせやすくする為、この世の者とは思えない程美しい少女である。作成方法はヴェルンド曰く、瀕死体に様々な高位精霊や親族や魔族の霊体を組み込み、蘇生させたものであるという。しかし、これは数百体試して僅か一体しか成功しなかった。
また、兵器の左目に聖蒼の王の左目とおぼしき物を移植。また、その実験体はその美しい白さを持つ見た目と彼女と戦場で会ったら生きて帰ってこられない。
故に誰もその姿を見た者が居ないという二点から彼女は敵味方双方からこの二つ名を冠された。『幻影の白孔雀』と。」
という記述。
間違いない。これはシルフィリアだ。
だから彼女の魔法は強力で、彼女は美しい。
それに、彼女が敬語しか話さない理由。
それはこうは考えられないだろうか?
敬語を話しているのではない。度重なる拷問と奴隷生活のせいで敬語しか話せなくなってしまったのではないか。
そして、なにより・・・・
彼女はエルフを嫌う。
自分の親を殺し、自分の幸せを奪い、自分をおもちゃにして、自分を都合がいいように利用し、挙句、自分を殺し捨てた生物を。
ドラウエルフとは数あるエルフの種族の中でも最も穢れた種族と歴史に名を残す種族である。
そう・・・その名の通りドラウエルフ(堕落したエルフ)なのだ。
彼らはすでに絶滅したと思われるが、それでも彼らの所業は魔族よりも残虐な物として様々な書物に記載されている。それは、ドラウエルフが自分達をこの惑星で最強の生物だと思っていたのだから。
しかし、彼女からすればエルフという存在そのものが嫌悪の対象なのだろう。東洋では僧侶が憎ければその着ている服まで憎いという。
そして・・・・
 お姉ちゃんはそれを知っている。
 おそらく、自分と同じ書物を読んだか、あるいは別の方法で彼女も知ってしまったのだろう。そして、あの優しい姉のことだ。
 きっと同族がした所業は許せなかったはずだ。
 だから彼女はシルフィリアの殺意を真正面から受ける。
 いや、殺されても仕方ないとすら思っているかもしれない。
 そして・・・
 シルフィリアも分かっている筈だ。
 セレナを恨んでもどうしようもないと・・・・
 でも2人は絶対に分かり合えない。
 運命的・・いや、宿命的にすれ違い続ける。
 少なくともシルフィリアが戦争の記憶を持ち続ける限りは・・・。
 なんかしんみりして目に涙を浮かべた時・・・
「ミーティア様!!」
大声で図書館に兵士が入り込んで来て慌てて涙を拭う。
「何!?」
「大変です!!すぐに東の塔に避難を!!」
そう言って兵士はミーティアの腕を無理やり掴んだ。
「ちょ!?え!!何!?」
「クーデターです。首謀者は分かりませんが、敵は東から真っ直ぐこちらに進行中!すでに、ホートタウン、アトレシティが崩落。敵の拠点へと堕ちました!」
「え?」
そんな馬鹿な・・。ホートには自衛騎士隊が・・アトレには軍の支部があったはずだ・・。
「お父様とお姉様は!?」
「王陛下はすでに戦闘の準備を。セレナ姫は地下に避難していらっしゃいます。さぁ!お早く!!」
兵士にそそのかされ、ミーティアは本をそのままにその場を後にした。

  ○  ○  ○

王宮作戦本部にて
「聖王国副将軍カーリアン・シュヴァリエ・ド・ダルクだ。入るぞ!!」
そう言ってかなり広い大広間の中に一人の女性が入ってきた。白いマントを纏った騎士甲冑姿の女性で、燃えるような赤髪は肩で切り揃えられ、同色の瞳と凛々しい顔立ちは美しさよりもカッコよさを主張する。背も高く、モデルのようだ。
同時に、本部の兵士が一時的に作業の手を止めて敬礼した。
「緊急時だ。敬礼は省略して構わない。陛下はどちらにいらっしゃる?」
「現在、フィンハオラン卿とお話中です。」
「フィンハオラン?聖蒼貴族のか?」
「ええ、昨日の午後よりいらっしゃってまして・・」
カーリアンが小さく舌打ちする。
「わかった」と小さく言い、地図を見ていた兵士の方へと歩いていく。
「状況は!?」
カーリアンの言葉に兵士が解説を始めた。
「現在、敵部隊はアトレシティに主力を置き、アルカエフシティへと進行しています。そのため、サイスシティに居る海軍を出動させ、陸軍も一個師団を
向かわせています。ですが・・・・」
「何だ?」
カーリアンが片方の眉を吊り上げた。
「どうにも疑問なのです。」
「疑問だと?」
「ええ・・。敵の情報なのですが・・・」
「なんだ?敵はどこかの貴族の一個中隊などではないのか?」
「はぁ・・それがその・・・報告では・・・」
腑に落ちない兵士の態度にカーリアンがキレる。
「なんだ!言いたいことがあるならハッキリ言え!!」
「お・・女の子・・だと・・。」
「はぁ?」
「超巨大な剣を持った若い娘一人だと・・・」
「・・・聞き間違いではないのか?」
「いえ・・報告文書には確かにそのように・・・あっ!!副将軍!どちらへ!?」
カーリアンが慌てて部屋を出て玉座の間へと向かう。
まさか・・いや・・・そんなまさか・・・
予感が的中しないことを祈りつつ、玉座の間の扉を開けた。
眼の前にはデュラハンとアリエスの姿がある。アリエスはいつもの装飾衣では無く、軍服姿だ。装飾された紺の貫頭衣と同色の腰巻。その上から白いローブを羽織るのがフィンハオラン家の最高正装であると同時に軍服である。大きな音を立てて開いた扉に2人はこちらを向き、カーリアンはズカズカとアリエスの元に歩み寄る。
「フィンハオラン!!」
カーリアンの怒声が響いた。
「答えろ!!あの娘はどこだ!!」
「あ?あの娘?」
「惚けるな!フェルトマリアだ!!どこだ!どこにいる!!」
「カーリアン!!」
国王に叱責され初めて我に帰ったカーリアンはいつの間にか掴んでいたアリエスの首元からすぐに手を離した。
「失礼した。」
昔馴染みの知り合いということもあり、アリエスに取ってかかったが、今の状況では望ましくないことをすぐに判断し、謝罪する。
「それでフェルトマリア卿は?」
「わからない。」
アリエスの答えにカーリアンの顔色が青ざめる。
「今しがた連絡が入った。フェルトマリアと思われる人間がこちらへと向かって進行している。フェルトマリアからなにか聞いてないか?」
「・・・・・・」
「フォンハオラン!答えろ!」
アリエスが真面目な顔で答えた。
「一体何があった!?」
アリエスが事の内容をすべて説明する。カーリアンの口から小さく「卑怯な!」という言葉が漏れた。
デュラハンが語り始める。
「相手はおそらく彼女をブリーシンガメンで操り、このスペリオルシティを落とすつもりだ。狙いはおそらくワシの首だろう。」
「どうするおつもりで?」
「現在、シャズールはフロート公国に出掛けておる。急ぎ戻ってくるとしてもおそらく今日の昼になるだろう。」
「御待ちになるおつもりですか?その間に国は・・いえ、民が滅びます!!」
「わかっている。だから、すでに進路上の民はすべて避難させ、王都の兵士も城に集結させた。城下の祭も一時的に休止させ、全員に退避勧告を出している。」
「だが、自軍兵士はどんなに必死にかき集めても彼らの到着予定時刻までに王都に集められる兵士は5000人前後。敵はおそらく10万前後。勝ち目はあるか?」
アリエスの問いにカーリアンが耳を疑った。
「10万だと?」
「これだけのクーデターだ。おそらく伯爵以上の高貴族が首謀者だろう。そして、大抵そのクラスの貴族が財力で傭兵をかき集めればそのぐらいの数の私兵団になる。
戦争になれば軍を出すのは貴族だからな。スペリオル聖王国だって30万の兵士がを持つが、国土の広さ故に招集はできない。ついでに他の貴族たちも今夜は全員、聖蒼貴族の関係で舞踏会に出席している。故に彼らも兵を出すことはできない。」
「“刻の扉”を使うことはできんのか?」
「扉の管理はフロート公国の魔道学会が行っている。大量に兵士を動かせばそれだけで自国の緊急事態を他国に露呈することになる。そんなことをしたら世界のバランスが崩れる!」

「だからこそ、今回の戦の指揮をフィンハオラン卿に頼みたいのだが・・。」
「悪いが、俺は俺の仕事がある。それに、俺はシルフィー程、軍略とかそういうのは得意じゃない。」
「なら、私が執ろう。」
アリエスの顔を見てカーリアンがはっきり。
「フィンハオラン卿がやらんのなら私がする。」
と宣言した後、王の方へと向き直る。
「陛下この戦。私にお任せください。暁の聖騎士(リンドブルム)の称号を持つ私が先陣を切ります。」
「・・・いいか。勝とうとは思うな。どうにか時間を稼いでくれ。その間にフィンハオラン卿がフェルトマリア卿をなんとかする。」
「御意。」
「フィンハオラン卿。大丈夫か?」
「ああ・・・シルフィーは・・俺が殺す。」
その言葉に耳を疑いそうになったのはカーリアンだ。
「フェルトマリアを殺す!?本気か!?」
「ああ・・それしか方法がない。」
「無茶だ!お前にはあの娘は斬れん!」
大ぶりなジェスチャーで力説してもアリエスの顔は少しも変わらなかった。
「あの娘はお前の恋人で、婚約者で、仕える対象で!」
「ああそうだよ!!大好きで大切で守ってあげたい対象だ!!」
珍しく取り乱したアリエスは「すまない」と小さく言って話を続けた。
「でも、他の誰かじゃシルフィーを止められないし、殺すなんてできるわけがない。もし、出来たとしても聖蒼貴族を殺したら国際法でグロリアーナ家がシルフィーを殺した奴を殺し、家族はもちろん親戚までトバッチリがいく。つまり、彼女を殺して実害が一番少ないのは俺なんだ。それに・・・」
アリエスが顔を伏せた。
「これ以上・・シルフィリアの思い出の中に辛いことなんて不要だ。約束したんだ!これ以上、彼女を不幸にしないって!これ以上絶対に悲しませないって!!
俺が・・幸せにしてやるって・・・どんな苦難からも守ってやるって・・・デュラハン!」
アリエスが王に向けて視線を向けた。
「馬を一頭貸していただきたい。シルフィリアを・・・・・・・・・・・・・」
 アリエスの言葉が途切れる。
 デュラハンにもその理由は痛い程良く分かった。
 妻を失ったあの日・・。何もできない自分にどれだけ痛みを味わったことか・・・・
 いや、おそらく今のアリエスの心情はそれ以上だろう。
 愛する大切な者・・・例えるなら、自分にとってのミーティアやセレナを殺さなければならないのと同意義だろう。
 そんなこと・・おそらく自分にはできないだろうと、シャズールが頭を垂れた。
 一呼吸置いてアリエスがはっきりと宣言する。
 

「シルフィーを殺してくる。」


「・・・厩の中から好きな物を使え。こちらのことは気にするな。なんとか食い止める。」
アリエスは深々と礼をしてから軍人らしく敬礼をする。
「勝利と共にあらんことを・・カーリアン、後は任せる。」
アリエスはそう言って靴音を響かせながら玉座の間を後にした。



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